ネットの誹謗中傷で訴えられたときの対応
インターネット上に、誹謗中傷や名誉毀損、プライバシー侵害とされかねないような書き込みをしてしまうと、発信者情報開示請求を受けたり、損害賠償請求訴訟を提起されてしまったりする可能性があります。
自分が悪いとは分かっていても、加害者心理としては、「損害賠償金を支払いたくない」「支払うとしても金額を減らしたい」と思うことでしょう。
本記事では、ネット誹謗中傷の投稿者(加害者)の方に向けて、対応のポイントを説明します。
1 発信者情報開示命令の意見照会への回答
実名で投稿をしていない限り、被害者は投稿者が誰かを特定する必要があります。
そこで、損害賠償請求される前に、「発信者情報開示」が行われていることがほとんどです。
発信者情報開示請求は、請求者とサイト管理者との間で争われますが、意見照会手続により投稿者にも手続に参加する機会が与えられます。
その機会が「意見照会への回答」です。
意見照会とは、通信会社などが投稿者に住所氏名を相手に開示してよいか意見を尋ねる手続です。
投稿者にとっては、相手に自らの住所氏名を知られてしまうという不利益を受けますから、開示手続の中で意見する機会が法令で保障されているのです。
開示命令を受けたプロバイダ等は、連絡先が分かる限り、住所氏名等の個人情報を開示してよいか意見を尋ねる意見照会書を投稿者に送付します。
プロバイダ、あるいは裁判所は、意見照会回答を参考にして開示の是非を決めます。
回答の際には、どのような事実関係に基づいて投稿したのか、投稿は違法ではないとする根拠など、プロバイダに伝わるよう明確な記載をする必要があります。
できればこの段階で弁護士との相談を視野に入れましょう。
意見照会に適切な回答をしても、裁判所の判断で発信者情報が開示されてしまうことがあるのは確かです。
しかし、裁判所が開示を否定する可能性を上げることはできます。
また、請求者(被害者)に依頼された側の弁護士が、意見照会回答の記載を確認して損害賠償請求は難しいと判断すれば、手続中止へと請求者を説得してくれるかもしれません。
【意見照会に回答しないとどうなる?】
通信会社から「意見照会回答書」が送付された後、その回答期限は2週間が一般的です(依頼すれば期間を延長できます)。
もし意見照会回答書を返送せずに放置したまま期間を過ぎてしまうと、開示について投稿者側が意見することはない、とみなされてしまいます。
これにより必ず開示されてしまうとは限りませんが、相手の主張を通信会社が鵜吞みにして個人情報を開示してしまうおそれは高まります。
できる限り、期限内に回答しましょう。
仮にあなたの住所氏名の開示がされてしまうと、通信会社などのプロバイダから「開示した」との通知が来ます。
その後、被害者側の弁護士などから損害賠償請求が行われるでしょう。
ちなみに、回答書で個人情報の開示に同意することで、損害賠償金額を減らせることもあります。
相手が通信会社と裁判しないで済み、調査費用が浮くだけでなく、反省の意を示すことにもなるからです。
裁判で争っても損害賠償請求が認められてしまうリスクが高いときは、開示に同意したうえで賠償額を減らせないか交渉することも選択肢に入ります。
2 減額してもらうよう示談する
発信者情報が開示された後、相手が、裁判の前に任意で慰謝料などを支払わないかと交渉を持ち掛けてくることがあります。
裁判では認められないような柔軟な取り決めができるなどのメリットがありますので、投稿内容やお互いの事情によりますが、示談交渉を進めるのも一つの案です。
和解に際して、損害賠償金額と並ぶ重要な問題は「口外禁止条項」です。
口外禁止条項とは、あなたが投稿者であること、さらには投稿やトラブルの存在自体を秘密にすると約束する条項です。
役職や職業などの事情で他人に知られるわけにはいかないとき、投稿者側としては和解契約に入れたいものでしょう。
もっとも、この条項を入れるとなると「慰謝料を上乗せする」と言われても拒否しづらくなります。
慰謝料を抑えるか、トラブルの秘匿を優先するか、悩ましいところですが、交渉する弁護士と丁寧に調整を重ねましょう。
3 権利が侵害されていないと反論する
損害賠償請求の裁判となると、当該投稿が名誉権やプライバシー権などの権利を違法に侵害しているかどうか、裁判所によってあらためて判断されます。
裁判所は紛争本体である損害賠償請求にたどり着く前に手続が終わってしまうことを嫌ってか、開示請求では権利侵害を認めやすい傾向があります。
開示請求においては違法とされた投稿が、損害賠償請求で厳密に判断された結果、権利を侵害するものではないとされる余地は十分にあるのです。
請求者が「侵害された」と主張する権利について、「その権利が侵害されたとは言えない」と反論するためのポイントを説明します。
⑴ 名誉権
名誉権侵害(名誉毀損)は、以下の違法性阻却事由をすべて満たしたときには、権利侵害が認められなくなります。
- ・公共利害性
- ・公益目的
- ・事実の真実性
- ・意見論評から逸脱していない(意見論評による名誉毀損のときのみ)
上記の3つから4つの要件の中で最重要ポイントは、3つ目の「事実の真実性」です。
投稿内容が請求者の社会的評価を低下させるものだとしても、投稿に記載された事実が嘘でなければ、原則として名誉毀損は成立しません。
なお、意見論評による名誉毀損とは、事実の記載がなく事実を前提とした意見により他人の社会的評価を低下させるものです。
⑵ 名誉感情
相手の名誉感情(主観的な自尊心)を傷つけるような投稿をしたとしても、その程度が「社会通念上許される限度を超える」ものでなければ違法にはなりません。
投稿に特段の根拠があるかないかといった点は関係なく、投稿がされた経緯や前後の文脈も含めた総合的な判断によります。
投稿そのもの以外の諸事情を絡めて、権利侵害とまで言えるものではないと主張することになります。
⑶ プライバシー
投稿内容がプライバシーには当たらない、または公表する理由が公表されない利益よりも大きいと反論します。
前者については、すでに公開されている情報や、事実らしく受け取られる情報も含まれる可能性がありますので、世間的な「プライバシー」の意味合いにとらわれず、弁護士に投稿内容がプライバシーに当たるか確認してください。
プライバシーと言える情報を公表する理由と公表されない利益を比較する際には、様々な事情が考慮されます。
最高裁判所の平成15年3月14日判決や平成29年1月31日判決などからすれば、主に、以下の点が考慮要素となるでしょう。
- ・情報の性質及び内容
- ・情報が伝達される範囲と具体的被害の程度
- ・対象者の社会的地位や影響力
- ・投稿の目的や意義
- ・投稿がされた時の社会的状況とその後の変化
- ・情報を記載する必要性
4 裁判上での減額の主張
残念ながら損害賠償請求訴訟で裁判所が権利侵害を認めてしまいそうだとしても、支払わされる慰謝料や調査費用を減額するよう主張していきましょう。
⑴ 慰謝料・逸失利益
ネットの投稿による損害賠償金は、心理的な損害を賠償する「慰謝料」がほとんどを占めます。
その金額は裁判所の判断で決められますが、その相場は最高でも100万円程度といえます。
もし請求者側の主張する慰謝料が明らかに相場を超えるものであれば、過大すぎると反論しましょう。
なお、慰謝料のほかに請求される可能性がある損害賠償金としては「逸失利益」があります。
例えば、誹謗中傷により客足が遠のいたために減少した収入を補填しろという主張です。
しかし、逸失利益は投稿が原因であるとまず認められないのが傾向としてあります。
⑵ 調査費用
調査費用とは、発信者情報開示請求にかかった弁護士費用のことです。
ネット投稿に対する損害賠償請求では、発信者情報開示請求で投稿者を特定することが必要であり、また開示請求は弁護士に依頼することがほぼ必須となっています。
そのため、開示請求のための弁護士費用も投稿と因果関係が認められやすい損害とされ、これまでの裁判所の判断のなかには、調査費用の全額が慰謝料とは別に請求できるとされたものもありました。
もっとも、必ず調査費用の全額を負担しなければならないとは限りません。
例えば、投稿者が他にもいるとき、開示されなかった他の投稿者の調査費用まで負担する必要はないのです。
請求者と弁護士との間で取り交わされた契約書や領収書を提出するよう要求し、あなたの投稿への調査費用であると明示されているか、またその金額がいくらかまで細かく確認して、不当な調査費用請求がないかチェックすることをおすすめします。
5 刑事事件とされるケース
更に、相手が刑事告訴していたならば、警察の捜査対象となる可能性があります。
最近ではインターネットトラブルの増加、社会問題化、侮辱罪の厳罰化など制度も強化され、警察が早めに動く傾向が強まっています。
なお、名誉毀損罪や侮辱罪で逮捕・勾留までされることはほとんどありません。
もっとも、任意の取り調べは受けることになるでしょうから、必ず応じましょう。
また、パソコンやスマホの差押えのために自宅が捜索されるリスクはあり、その場合、同居する家族に事態が発覚することになります。
なお、必ず有罪判決を受けるとも限りません。
書類送検されても、起訴猶予処分による不起訴もありえます。
起訴されても、懲役・禁固ではなく罰金刑がほとんどです。
とはいえ、民事上の賠償金だけでなく、刑事の罰金までも科されれば負担はより大きくなってしまいます。
警察の捜査が始まっている場合には示談を急ぎ、起訴・有罪となるリスクを減らしましょう(被害者との示談が成立することで、起訴の可能性は低くなります)。
6 まとめ
住所氏名が開示されてしまったとしても、損害賠償請求が否定される可能性は十分にあります。
また、相手が過大な金額を要求しているのであれば、適正な金額へと減額するよう争うべきです。
ネットの投稿に関しては、裁判所の新しい判断が次々と下されているため、弁護士の専門的知識や判断の助けが、請求者との裁判で見通しを立てるために非常に重要となっています。
まずは弁護士にご相談ください。
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